TPO
隊列を組んで走るのに、遅れるわけにはいかない。
呼吸音、そして足音だけが耳に繰り返される。
大陸の乾ききった風が凪ぐ夜明け前―
武術隊の朝練。
皆、無言。
周りも、ろくに見えなくて、勘と根性で前列に食らいつく。

人情あふれる恩師に巡り合っても、それは同じ。
星が煌めくうちに一対一の練習は始まる。
零下20度、極寒の暗闇にとび出して行かなければならない。
師もまた、約束の通り一日も欠かさず定刻に現れる。
来る日も来る日も機械のように、厳格に繰り返される基本功。
進むのにも困難で、同時に一歩もひけない日々。
仲間はなく、自分の感情を無いものとし、ただ過ぎてゆく時間にかけるしかなかった。
腰まで留めた髪の先から、汗がしたたり落ちていく。
その髪も、自分が動くのをやめれば冷気で凍り、剣のようになる。
そんな朝練が終わるころ、町はようやく動き出した。
通りには粥の蒸気が漂う。
油条を揚げる香ばしい匂い、自転車で行き交う人々、鳴り始めるクラクション。
当たり前の生活が目覚めたその帰り道で、凍っていた心がようやく溶けていく…
そして、ふと気付くのだ。

--服が、裏返しであることに。
あれっ?
弁解
上着というものは、うしろ前だと首が苦しいので、たいてい途中で気づきますが、裏返しは結構気づかないものですよ。
先生思うんですが、未明に寝ぼけまなこで訓練に出て行く時、シャツを裏表で着てしまうスポーツ選手はかなりいるんじゃないでしょうか。
え?いえいえ、いますって。きっとたくさんいますって。
あ、しまった。またやっちゃったって、今日も誰かが思ってますって。
あの有名な大○○平選手も、井○○弥選手も、きっとやってますって。

…だから、君のそのタグがぴらぴら出たシャツ、
紐がうしろから垂れているカンフーパンツ、
そして左右完全にカタチンボの靴下、
に関して先生は、一応注意をするけれども、そんなにダメなことだとは思っていません。
君のその“いでたち”は、アスリートの正装の一種とも言えるからです。
ただ問題はですよ、
我々は別に朝練をしているわけではないという点です。

